2011年03月13日
帝網珠(たいもうじゅ)



今日は暖かな日で、火の前は暑くて半袖解禁デーとなりました。
被災された方にとって、暖かい気温は本当に助かるだろうな、、、
タラノメも芽吹いて、桜もまだ綺麗。
ウグイスが、上手にさえずっていました。
近所の商店の女将さんが、たしか釜石出身だと思い出して訪ねてみました。
やはり全く連絡がつかず、まんじりともできないと、言っていました。
『前の日に、
“明日は浜でワカメ採ってくるよ!メカブを送るからね!”
って電話してたのよ。
あの時間だったら、まだ海に近いところにいるはずだから、逃げられたかどうか、、、』
と、いつもの明るい調子で話してくれましたが、私は涙を堪えるのに必死でした。
今にも飛んでいきたいだろうに、全く情報がない状態でどうすればいいのかわからないのです。
きっと大丈夫。祈っています!
と言葉をかけるくらいしかできない私が歯痒くて、、、
地震の凄惨な様子を四六時中見ていると、自分の仕事がいかに社会に役立たないかということを、思い知らされます。
私が作るものは、生活必需品でもないし、大切な資源を使う、地球に優しくないものです。
遊んで暮らせていいな!
と、近所の人に言われたこともあるくらい、必要のない仕事。
灯油やガソリンが無い。
と困っている被災者の方がいるのに、灯油使って仕事していていいのかな?
昨日は、ずっとそんなことを考えて、暗い気持ちで悩みながら、納期の近い注文のぐい飲みやお位牌を作っていました。
ふっと、いつだったかイタリア語の先生である、彫刻家の渡辺先生に言われた言葉を思い出しました。
忘れてしまったけど、たしかこの時も、私は自分の仕事が社会の役に立たない気がする、、、なんて話をこぼしたはずです。
先生は、
『我々は、ただ自分に与えられた仕事をすればいい。
社会の歯車の1つなんだから、仕事をしているだけで回り回って何か役に立っているはず。』
と、いう内容の言葉を言ってくれたと記憶しています。
先生は、クリスチャンです。
キリスト教に、このような考え方があるのかな〜と思ったのでした。
一方、昨年あるシンポジウムで、足立老大師の講演を聞きました。
一番印象に残った言葉は、
“帝網珠”
帝釈天の庭に網があり、その結び目には真珠玉のような宝石がちりばめられている
この世の全てのものがその“輝く珠”であり、お互いを鏡のように映しあって全ての伝わっていく。
これは全宇宙にまで伝わっていき、その姿がまた自分の“珠”に映る。
だから、あらゆる事象や、人との係わりは、常に影響をうけあっている。
という仏教の教えだそうです。
彼らの言葉を思い返し、私は私のことを必要としてくださる方の為に、今ある目の前の仕事を、心を込めてこなしていこうと思うことができました。
厳しい現実が待ち構えています。(裏ブログ参照(笑))
明日からの計画停電が長い間続くのなら、仕事を続けていくのを一旦諦めようと思います。
でも、出来る限りの努力をしたいと思っています。
今日も、結婚式を4ヶ月後に控えていたフィアンセのお位牌を作って欲しいというメールが届きました。
どこまで頑張れるか分からないけど、みんなが頑張っている今、私も皆に映るように、笑顔で輝いている“珠”でありたいと思っています。 続きを読む