2008年10月19日

丹後の思い出~その2~

その1に続いて、、、

丹後の思い出~その2~

丹後大宮駅です。

駅員さんはとうの昔にいなくなり、今はおばちゃんがひとり
切符を売ってくれます。
改札もないので、おばちゃんに渡すだけ。

国鉄時代は、たくさんの人が乗り降りしたのでしょうが、
今は北近畿タンゴ鉄道という会社が運営していて、
本数も大変少なくなりました。

子どものころは、自分が乗ってきた車両があんまり後ろだと、
ホームがなくなって、飛び降りる羽目になったものです。

母がうっかり飛び降りたら、パンプスのヒールが折れたって、
今回も話してくれましたが、(それ、何度も聞いたよface07って、
心の中で思いました。

今は急行でさえ2両だけど、昔は長い車両を引いて走っていたってことだよな~


丹後の思い出~その2~

駅前の案内。
全く観光名所がないと、言わんばかり。
それがこどものころは、好きだった。
何にもない、田舎。

丹後の思い出~その2~

初日、母や、実家に一人暮らす叔母の姉である、一番年上の
叔母
が、ご飯を食べに寄りなさいと言ってくれて、直行。

このお寿司は、この地方に伝わるお寿司で、鯖の水煮缶を
甘辛く煮たものを間にサンドし、上にかんぴょうやしいたけを
やはり甘辛く煮たものと、錦糸卵、かまぼこ、グリーンピースを
散らします。

ちなみに、これは押しずしではありません。

丹後に帰ると、おばあちゃんが必ず作ってくれました。
お正月には、母も作ってくれました。
お寿司といったら、私の中ではこれです。


丹後の思い出~その2~

叔母の心づくしのもてなしです。

祖父母が亡くなってからは、何だかこの一番上の叔母が
自分のおばあちゃんみたいな気持がして、不思議です。
会うと、ほっとします。

叔母は、夫婦で丹後ちりめんの機織りの工場をしていました。
あのころは、「ガチャマン」と呼んで、大変景気がよく、朝から夜遅くまで
ガチャンガチャンと町中うるさかったものです。

工場に入ると、あのころ大変珍しかった巨大クーラーがで~んと
鎮座ましましていて、大変涼しくて感動したこと、今でも忘れません。

景気が良かったあのころを知っているだけに、みんな廃業してしまった
現在が、とても残念で、悲しいです。
 
続く、、、



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Posted by たんたん at 23:13 │i viaggi
この記事へのコメント
なつかしいお寿司ですね。

だんだんこういうの作ってくれる人少なくなってしまいましたよね~

楽しかったようすが思い浮かびます。

普通の京都へは寄らなかったですか?

今度皆で行きましょう。
Posted by FPひまわりFPひまわり at 2008年10月20日 08:52
***ひまわりさん****

母も、私や弟が家を出てからあまりみんなで
食べるメニューを作らなくなったそうで、父が亡くなってからは
更にそうみたい。

鍋ももう食べないって言ってました。

だから、今回叔母が作ってくれた料理、本当に
うれしそうに食べていました。

普通の京都は、駅のみです(笑)
京都の町中を歩いたのは、4年前。
一番年下の叔母が京都にいますが、
街中へはちょっと離れた所に住んでいます。

ひまわりさん、詳しいですか?
今度連れて行ってください!!
Posted by たんたんたんたん at 2008年10月20日 17:02

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丹後の思い出~その2~