妹からの手紙
おととい、私が勝手に
「妹」と思っている、彼女から不思議な手紙が届いた。
② と、書かれていて、頭には「のに、話しかけないの。」と、文面が明らかに
続きの状態。
では、
①はどこに書いてある?と、手作りの大きなはがきのようになったそれを、
内側からはがしてみたり、いろいろ見てみたが①はどこにも書かれていない。
「相変わらず、変わったことしてくるなあ」
と、同じく彼女を知っている主人があきれた調子で笑う。
そうして、今日
2日遅れ で①が届いた。
「Dear Tan Tan Tan」で始まっている。
何と、2通に分けて送ってよこしたのだ。160円もかけて、、、
内容は、(来月、私達は彼女の住む岐阜で展覧会をするのだけど、)展覧会を楽しみにしているから、DM送ってねということと、自分が長男の幼稚園の体験入学みたいな場面で、うまくママ友達の輪に入れなかったこと、子ども達はすくすくかわいく育っているということが書かれていた。
彼女との出会いは、私が石川県のガラス工房に就職したばかりのころ夏の講座に来て、私が指導したのが始まりだ。
その後、長期の講座にもやってきて、とうとうその後富山のガラス研究所に入学し、アメリカで働いたりしながら、ガラスの道を私のように歩いている。
あまり年齢が変わらないので、講師と生徒というよりは、姉妹のような関係になった。
彼女が慕ってくれたのと、私が彼女の中に自分に似たものを見たからだ。
この間、
親友で書いたけど、
昔の自分は
コンプレックスの塊だった。
もっとこうなりたい!あんな人みたいになりたい!でも自分には無理だ、駄目だ、とぐるぐる考えてばかりいて、悶々としていた。
ちょうど、彼女もそんな状態だった。
私が通ってきたように、自暴自棄になっていたことがある。
それを見ているのは、まるで自分がもがいていたときを見るようで、痛かったし、放っておけなかった。
彼女とは数ヶ月しか一緒にいなかったが、離れていても妹のように思っていた。
何かあれば思い出し、手紙を書いた。
きっと、今はこんなこと悩んでいるだろうなと、想って書くことが多かった。
彼女も「たんたんからの手紙で泣いた。」といつも返事をくれた。
そんな泣かせる手紙、書いてないんだけど、きっと私は昔の自分に宛てて書いていたのかもしれないなと想う。
「今の自分で大丈夫」
昔の自分に言ってあげたかったのかもしれない。
あのころ、私にはだれも言ってくれなかった一言。
そうして、今でも私は彼女にエールを送っている。
彼女からの手紙は、いつも話をしているようで、手紙を出すことがうれしくて興奮気味で、ワケわからない終わり方をすることが多いのだけれど、彼女の様子を見ているようでとてもキュンとする。
一生懸命がんばっているんだなあと思う。
そうして自分もがんばらなくちゃなあと思う。
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