2012年05月17日
お兄ちゃんの誕生日に一悶着( 笑)

私の母親、『久美ちゃん』からカラフルな図鑑が届きましたが、
『灯ちゃんへ』
と書いてある封筒を見て、お父ちゃんが
『灯ちゃんべってなんだよ?
“べ”って、、、?(゜U。)?』
いや、べぢゃないよ、“誰々さんへ、、、”って時に洒落た感じの意味で使わない?
へにちょんちょん、、、
『使わねぇな、“誰々さんべ”なんて、、、
千葉ぢゃ、書かねぇなあ!』
いやだから!『べ』ぢゃなくて、『へ』!
と、一悶着あったよ、久美ちゃん、、、(;^_^A
子どもの頃から見慣れてたから気にしなかったけど、なんで“べ”なの?久美ちゃん、、、
2012年05月08日
2012年05月03日
ポポーの花

丹後のおじいちゃんのお葬式の時、庭から持ち帰ったポポーの苗。
あれから幾年も経ちましたが、なかなか花が付きませんでした。
京都のおばちゃんによれば、チョコレート色の花が咲くのだそうで、おじいちゃんの家の傍で育った従姉妹によれば、バナナのような実が成るはずなのだそうです。
『美味ないで、、、』
というコメント付きでしたが、、、(笑)
やまめさんに一昨年差し上げたら、この前花が咲いた!と記事に書いてありました。
本当にチョコレート色の花なんだ、、、
と嬉しかったのですが、お父ちゃんが庭で
『これ、何?(゜U。)?』
と指差した先に、まさしくチョコレート色の花がっ!Σ( ̄□ ̄;)
おぉ!
一輪だけだから、実はならないと思うけど、嬉しい開花でした。(^-^)
2012年05月02日
命日
月曜日、沼津へジャミラーズを乗せて走っているときに
ラジオから
「あと2日で忌野清志郎さんの命日ですね、、、」
という言葉が聞こえて、CDを手に取りカーコンポに入れました。

亡くなった翌日、こんな記事を書きました。
http://faro.i-ra.jp/e103666.html
CDから
わかってもらえるさ
が流れて、そのあと
君が僕を知ってる
が流れてきました。
何十回も聴いてきたのに、ふいに
(ああ、清志郎さんほどの人ももしかしたらこんな風に
誤解されたり、批判されたりしていたんだろうか)
と思ったら、心の奥から何かがワ~って溢れて
急に涙が止まらなくなってしまい、子どもたちの手前
困ってしまいました。
最近の自分の心模様に、ジャストミートしてしまったようです。
改めて思うに、彼の歌は悲しい歌も寂しい歌も
悲しすぎず寂しすぎず、聴く人を想い寄り添って、
優しい歌だな~と思いました。
優しい、愛に溢れた人だったのだと、改めて思った5月2日です。
ラジオから
「あと2日で忌野清志郎さんの命日ですね、、、」
という言葉が聞こえて、CDを手に取りカーコンポに入れました。

亡くなった翌日、こんな記事を書きました。
http://faro.i-ra.jp/e103666.html
CDから
わかってもらえるさ
が流れて、そのあと
君が僕を知ってる
が流れてきました。
何十回も聴いてきたのに、ふいに
(ああ、清志郎さんほどの人ももしかしたらこんな風に
誤解されたり、批判されたりしていたんだろうか)
と思ったら、心の奥から何かがワ~って溢れて
急に涙が止まらなくなってしまい、子どもたちの手前
困ってしまいました。
最近の自分の心模様に、ジャストミートしてしまったようです。
改めて思うに、彼の歌は悲しい歌も寂しい歌も
悲しすぎず寂しすぎず、聴く人を想い寄り添って、
優しい歌だな~と思いました。
優しい、愛に溢れた人だったのだと、改めて思った5月2日です。











